12月 19 2020
複数の債権がある場合に一部弁済があった場合の時効更新
相手に対して何かをしてもらう権利を「債権」もしくは「請求権」と言います。一番分かりやすいのが、「貸した100万円を返済してくれ」という貸金債権だと思います。
他にも、「売買代金の100万円を支払ってくれ」という売買代金債権だったり、「工事代金を支払ってくれ」という請負代金債権や「慰謝料を支払ってくれ」という損害賠償債権なんていうのもあります。さらに、お金に限らず、「買った物を引き渡してくれ」という引渡債権というのもあります。
このような債権というのは、一定期間が経過し、債務者がもう支払いませんという意思表示(時効の援用)をすると消滅してしまいます(民法145条)。
今年の4月の民法改正により基本的には消滅時効の期間が5年に統一されましたので、今年の4月1日以降に発生した債権の返済期日から5年経過後に債務者が時効の援用をすると債権は消滅することとなります。
一方、債権者としては時効で消滅してしまうと困るので、時効の進行をリセットさせることができます。このリセットのことを従前は「時効の中断」と呼んでおり、今年の改正から「時効の更新」に名前が変わりましたが、基本的には同一の制度です。
時候の更新にはいくつかありますが、その中でも「債務承認」が圧倒的に一番多いと思います。
債務者が「確かにその借金があることに間違いありません。」と表明することはもちろん、借金の一部を返済することも債務承認に当たります(借金があるからこそ返済しているので、借金の返済をすることは債務承認をしていることになります。)。
したがって、少額でも定期的に返済を受けているようであれば、永遠に消滅時効は完成しないということになります。
と、かなり前振りが長くなったのですが、先日この債務承認についての最高裁判決があり、債権回収に関連がある分野となりますので、備忘録も兼ねてまとめておきたいと思います。
架空の事案
①AさんがBさんに対して、令和3年1月1日に、半年後の7月1日に返済する約束で100万円を貸しました(以下、「第一貸付」といいます。)。
②半年経過したもののBさんは返済できる状況にはなく返済されませんでした。
③Bさんが困っているということで、Aさんは、Bさんに対し、令和4年1月1日に半年後の7月1日に返済する約束で50万円を貸しました(以下、「第二貸付」といいます。)。
④その後もBさんは返済ができていませんでした。
⑤令和7年1月1日、Bさんは全額返せるほどのお金は無かったものの、とりあえず30万円は用意できたので30万円を返済しました。
⑥その後も、返済ができずにいたところ、堪忍袋の緒が切れたAさんが令和10年1月1日に残額の120万円を支払うよう訴訟を提起しました。
⑦Bさんは、第二貸付については時効になっているので支払う必要はないと反論。
複数の債権がある場合の処理
まず、Bさんが平成7年に30万円を返済した場合、第一貸付の100万円の借金に充当するか、第二貸付の50万円の借金に充当するかを指定することができますが、その指定をしていないので、30万円は第一貸付の返済に充てられることとなります(民法488条)。
したがって、訴え提起時点では第一貸付の100万円のうち70万円が残っており、第二貸付の50万円が全額残っていることになります。
まとめると、
①第一貸付→返済期日は令和3年7月1日だが、令和7年1月1日に30万円が返済され、70万円残っている。
②第二貸付→返済期日は令和4年7月1日で、50万円残っている。
となります。
時効更新の処理
さて、令和10年にAさんは訴えを提起しております。この時点で第一貸付の返済期日からすでに6年半が経っておりますが、令和7年に返済を受けて時効更新がされているため、結果として第一貸付の残額70万円について時効によって消滅していないことは間違いありません。
しかし、第二貸付の50万円については、返済期日である令和4年7月1日から5年半が経過しており、弁済も受けていないので時効になってしまうというBさんの主張は正しいようにも思えます。
今回、この点についての最高裁判決が出ました。
最高裁判決の内容
→ 最高裁サイト
→ 判決全文
最高裁は、以下のとおり理由を述べて、令和4年の50万円についても時効により消滅していないとしました。
なお、「中断」となっているのは、現在の「更新」となります。
同一の当事者間に数個の金銭消費貸借契約に基づく各元本債務が存在する場合において,借主が弁済を充当すべき債務を指定することなく全債務を完済するのに足りない額の弁済をしたときは,当該弁済は,特段の事情のない限り,上記各元本債務の承認(民法147条3号)として消滅時効を中断する効力を有すると解するのが相当である(大審院昭和13年(オ)第222号同年6月25日判決・大審院判決全集5輯14号4頁参照)。なぜなら,上記の場合,借主は,自らが契約当事者となっている数個の金銭消費貸借契約に基づく各元本債務が存在することを認識しているのが通常であり,弁済の際にその弁済を充当すべき債務を指定することができるのであって,借主が弁済を充当すべき債務を指定することなく弁済をすることは,特段の事情のない限り,上記各元本債務の全てについて,その存在を知っている旨を表示するものと解されるからである。
結論
ということで、複数の貸金があり、弁済充当の指定なく一部の返済があったときには、複数の貸金全体について債務承認によって時効が更新されることとなり、債権者としては良い結論ということになります。
上記の事案で言うと、Aさんは第一貸付の70万円だけでなく、第二貸付の50万円についても請求できることとなります。
なお、原審の東京高裁では、第二貸付の50万円には充当されていないので消滅時効が完成するという趣旨の判決しており、最高裁でひっくり返るという事件でした。