6月 20 2014
妻の借金は夫が,夫の借金は妻が支払わなければならないこともある。
昨日,日常家事の連帯債務に関するご質問をいただいたので,より詳しくまとめてみようと思います。
と,言いますか,3年ほど前に大学院に通っていた時のとある講義で私の担当が「夫婦の財産」だったので,過去のノートを引っ張り出して書いてみます。
俺の借金お前の物,お前の借金俺の物
民法761条本文に,「夫婦の一方が日常の家事に関して第三者と法律行為をしたときは,他の一方は、これによって生じた債務について,連帯してその責任を負う。」と規定されています。
この条文を簡単に言えば,日常生活に関する契約について夫や妻が契約した場合は他方の配偶者もその責任を負いますよ,ということです。
例えば,夫が毎朝届けられる新聞の契約をしていたとします。夫が留守中に新聞屋さんが集金に来た場合,妻は自分が契約したわけではないということを理由に支払いを拒絶することはできません。
この条文は,日常生活を送る上でも結構重要な条文だと思いますので,以下,さらに分解してみます。
「日常家事」とは
あくまで731条に規定されているのは,「日常の家事に関する債務」ですので,日常の家事に関する債務以外はこの条文の適用はありません。とすると,日常家事とは何かというのが非常に大事になってきます。
「日常家事」を難しい言葉で言うと,「個々の夫婦がそれぞれの共同生活を営むうえにおいて必要な行為」です。ざっくり言えば,文字通り日常生活を送る上で必要な契約などです。
ただし,日常生活のレベルというのは各夫婦によって全然違います。大企業の社長さんやプロ野球選手,芸能人などのお金持ちの人と,夫はフリーターで妻は専業主婦という夫婦では食費1つとっても桁が違いますよね。ですので,「日常家事」の範囲は,社会的地位,職業,資産,収入,地域社会の慣習などによって個々の夫婦ごとに判断されます。
この点について,最高裁判所は「761条が夫婦の一方と取引関係に立つ第三者の保護を目的とする規定であることに鑑み,単にその法律行為をした夫婦の共同生活の内部的な事情やその行為の個別的な目的のみを重視して判断すべきではなく,さらに客観的に,その法律行為の種類,性質等をも十分に考慮して判断すべきである。」とし,①夫婦の内部的な事情を考慮しつつも,②客観的にその契約の種類や性質などが本当に日常生活に必要な行為なのかを踏まえて判断すべきとしています(最判昭和44年12月18日)。
「日常家事」の具体例
上記のような記載ではなかなかわかりにくいので具体例を列挙してみます。
①光熱費,衣料費,食費等の日常の生活費
②子どもの養育・教育に関する費用
③保険・娯楽・医療の費用
④家具・調度品の購入
このあたりについては,基本的には日常家事の範囲内とされる可能性が高いです。
①ギャンブルのための多額の借金
②高価な貴金属などの購入
③不動産の売買
④高価な美容整形
これらは日常家事の範囲外とされる可能性が高いです。
具体的な裁判の事例
昭和44年の最高裁判決の通り,各夫婦によってそれぞれ事情が異なるため,まったく同じ取引でも個々の夫婦によって日常家事に該当したりしなかったりします。
以下,日常家事が争点となった裁判例を一部挙げてみます。
<日常家事の範囲内としたもの>
① NHKの受信契約(札幌高裁平成22年11月5日,東京高裁平成22年6月29日)
② 子どものための英会話教材約60万円について48回分割の立替払契約(東京地裁平成10年12月2日)
③ 電子レンジの購入契約(武蔵野簡裁昭和51年9月17日)
<日常家事の範囲外としたもの>
④会社の借金の返済のために妻の財産を借金返済に充てる行為(最判昭和44年12月18日)
⑤配偶者の一方が所持する不動産を他方が売却(最判昭和43年7月19日)
⑥学習用教材約72万円について60回分割の立替払契約(八女簡裁平成12年10月12日)
⑦児童用英会話教材約66万円について48回分割の立替払契約(東京簡裁平成14年12月26日)
あくまでごく一部ですが,なんとなくはお分かりいただけると思います。
NHKの受信料とか電子レンジの代金とかは明らかに日常生活に必要な契約な感じがしますよね。逆に範囲外だった方は,会社の借金の返済は夫婦の日常生活とは関係ありませんし,日常生活の一環として不動産の売却を繰り返しています!なんて夫婦はまずいませんのでわかりやすいと思います。
でも,あれ?と思われるような点もあると思います。
そうです。上記の②,⑥,⑦は子どもの教材に関する費用という点では同じなのに認められたり認められなかったりしています。この判断が分かれたのは,上記の「①夫婦の内部的な事情を考慮しつつも,②客観的にその契約の種類や性質などが本当に日常生活に必要な行為なのか」という基準です。
上記②,⑥,⑦はすべて妻が夫に無断で子どもの学習用教材を購入したもので,妻が教材の代金の支払いを滞納してしまい,信販会社が夫に代金の支払いを請求したものです。
このうち,日常家事の範囲内と認めた②の事例は,
・夫の年収が550万円
・財形貯蓄約200万円
・積立保険が約150万円
など,夫に一定の収入及び資産がありました。また,生活費として夫が妻へ渡す給料について特に制限もしておらず,さらに,妻が子どもを名門大学の附属幼稚園に入園させることを強く希望しており,そのことを夫も知っていました。
以上の状況を踏まえ,裁判所はこの夫婦の生活水準としては日常家事の範囲内にあると判断しました。
一方,認められなかった方の⑥の事例は,
・夫の月収の手取りが約12万円
・ボーナスが1万円
・さらに妻自身は自己破産
など,収入も財産もほとんどありませんでした。さらに,②の夫婦のように教育熱心というわけではなく,妻がなんとなく契約したものでした。
⑦の事例は,夫の月収は20万円程であったものの英会話教材はまだ生後6か月で日本語すらままならない赤ちゃんには到底不要なものであり,さらに教材費も月収の3倍を超える高額な金額であることを考慮すると,この夫婦の日常生活において必要なものとは認められませんでした。
ということで,結局は個々の夫婦によって結論がまったく違うということになってしまいます。
なので,極論を言えば,理屈の上では不動産の売買を日常生活の一部として行っている夫婦がいれば,不動産の売買ですら日常家事と判断される可能性もあります。どんな夫婦なのか私は想像できませんけど・・・
日常家事に該当したら
最初に書いた通り,夫や妻が勝手に契約したものでも日常家事の範囲内にあるのであれば,他方の妻や夫は取引の相手に対して支払いをしなければなりません。なお,あくまで連帯債務ですので,夫婦ともに支払義務がありますが,どちらかが支払えば他方の支払義務も無くなります。
各手続に当てはめてみると
これは借金の理由によって日常家事に該当するか否かが変わります。
例えば,「子どもの医療費の支払いが必要だからお金を貸してほしい」と言われ,実際に医療費の支払いに充てられている場合は日常家事の範囲内にある可能性が高いため,夫婦双方に返済を請求することができます。これがギャンブルのための借金だった場合は難しいと思います。
基本的に,売掛金というのは商売上の権利であるため,日常家事の範囲内と判断される可能性はかなり低いと思います。
家賃は明らかに日常生活に必要な費用ですので日常家事の範囲内にあると判断される可能性が高いです。ただし,あくまで夫婦の生活のための家賃であることが必要ですので,趣味のための部屋を普段生活している部屋とは別に借りている場合は,趣味の部屋の家賃は日常家事の範囲外と判断されると思います。
これも上記未払い家賃と同じ考えになりますので,夫婦が生活している分譲マンションの管理費等については日常家事の範囲内にあると思われますが,別荘などの管理費等については範囲外だと思われます。
風邪とか骨折など一般的な診療報酬であれば日常家事の範囲内にあると考えられます。ただし,鼻を高くしたり豊胸したりというような高価な美容整形は日常家事の範囲外だと思われます。
ということで,なかなか一律で明確な基準がありませんので,個別具体的な事例についてはお問い合わせいただければと思います。