1月 23 2025
凍結された口座への不当な強制執行
今週に入り、詐欺に使われた口座に対する強制執行が不当に行われたという事例が複数見つかっているようであり、最高裁判所が調査をするようです。
→ 不当な強制執行が疑われるケース、全国の高裁・地裁に報告要請…最高裁(読売オンライン 2025/01/23 05:00)
記事だけを読んでもなかなか分かりづらいところがありますので、これを少しかみ砕いてまとめるとともに、関係する手続について改めて説明させていただきたいと思います。
1 前提情報
(1)支払督促
証拠を添付する必要は無く、申立てをすると裁判所から債務者に請求書(支払督促)が送付されるという手続です。
裁判所を使った手続というのは訴訟が一般的かと思いますが、争いが無いような債権の場合は支払督促が使われることもあり、実際に当事務所でも何度も申立を行ったことがあります。
支払督促のメリットは、債務者が反論しなければ訴訟をして勝訴したのと同じような効果があるため、債務者が反論をしてこなければ比較的簡便に次の強制執行の手続に進むことができます。
一方、デメリットとしては、①債務者が反論してきた場合(異議申立てをした場合)には通常訴訟に移行しますがその場合に相手方住所地の管轄になってしまうこと、②公示送達ではできないため債務者が行方不明の場合は使えないということかと思います。
なお、手続上、証拠を添付する必要が無いため、本来であれば時効で消滅している債権や今回の事件のように虚偽の債権について支払督促を利用されることがあります。もっとも、消滅時効の債権や虚偽の債権については支払督促ではなく訴訟などで請求してくることもありますので、必ずしも支払督促に限ったことではありません。
(2)詐欺口座の凍結
振り込め詐欺や投資詐欺など、詐欺に利用された口座については、「犯罪利用預金口座等に係る資金による被害回復分配金の支払等に関する法律(いわゆる「振り込め詐欺救済法」)」に基づき被害者側が申立てをして口座を凍結することが可能です。とりあえず口座を凍結して口座内の預金を引き出せなくしておけば、被害者がその後に詐欺被害を立証し、当該口座から弁償を受けることができます。
なお、凍結されている口座であっても例外的に当該口座の名義人を相手として勝訴判決などを得ている場合は、強制執行の申し立てを行うことで当該口座から回収することができます。今回はこれを悪用されています。
(3)口座名義人
ベトナム人名義の口座であり、当該名義人が詐欺グループの一員なのか、詐欺グループに口座を売却したのかは不明です。なお、3名のベトナム人名義の口座があったようですが、当該ベトナム人は支払督促の時点ですでに出国していたようです。
2 事件の概要
事件の概要は下記のとおりですが、かなり省略しています。
(1)LINEにて投資詐欺に遭ってしまった方がベトナム人名義の口座を含む複数の口座宛に合計1億円超のお金を送金した。
(2)被害者の申し立てにより当該ベトナム人名義の口座は凍結され、詐欺グループはお金を引き出すことができなくなった。
(3)詐欺グループの関連会社と思われるA社が口座名義人であるベトナム人に対して支払督促の申立てをした。ただし、支払督促の対象となる債権は実際には存在しない虚偽債権だったようです。
(4)支払督促の申立書は送達されなかったため、A社が当該ベトナム人が就労している場所を指定して再度送達し、当該ベトナム人が受け取った。なお、上記のとおり当該ベトナム人はすでに出国しており、書類の受領書も当該ベトナム人の筆跡では無かったようです。
(5)A社が当該支払督促に基づいて、凍結されているベトナム人名義の預貯金に対して強制執行の申立てをし、裁判所は債権差押命令を出した。
(6)差押えの通知を受けた金融機関は不審に思い、差し押さえに応じなかった。
(7)投資詐欺に遭った方がA社を訴えたところ、虚偽債権であることを認めた。
つまり、本来であれば凍結されている口座からお金を引き出すことはできないのですが、例外的に強制執行であれば回収することができ、その強制執行の申立てのために虚偽債権にて支払督促の申立てを悪用したというものです。
ニュースでは支払督促の悪用がクローズアップされていますが、通常の訴訟でも起こりうること(虚偽の債権を基に虚偽の付郵便送達や公示送達で判決を取ることは制度上可能です。)であり、「訴訟詐欺」という言葉があるくらいです。
今回はたまたま金融機関が不審に思って強制執行に応じなかったり、投資詐欺に遭ってしまった方の代理人弁護士が様々な調査をした結果判明したものですが、現実的には見つけ出すことは難しいと思います。とはいえ、支払督促は重要な制度であるため、これを解決するのはかなり難しい問題かと思います。