6月 16 2015
賃料未払いの場合の解除の基準
建物の明け渡しに関するご相談をお受けする場合,その理由はほぼ間違いなく賃料の未払いです。
通常,賃貸借契約書には,「一度でも支払いが遅れた場合は契約を解除することができる」というような趣旨の条項が入っていることが多いです。
しかし,過去の判例により,賃貸借契約は1回や2回の滞納では原則として契約を解除して明け渡しを請求することができないことになっています。この点について,巷では「3か月くらい滞納しないと出て行ってもらえない」という噂のようなものがありますが,その噂もこの判例から来ていると思います。この噂話は当たらずも遠からず的なところがありますので,今回はこの解除ができる基準のようなものについて書いてみたいと思います。ただし,ご覧いただければお分かりいただけると思いますが,キッチリとした基準があるわけではなく,あくまで目安に過ぎないことを予めご了承ください。
賃貸借契約の特殊事情
上記にも書いておりますが,売買契約や委任契約などと異なり,賃貸借契約は当事者の信頼関係を基礎とする契約であるため,単に少しくらいの契約不履行があったとしても,信頼関係が破壊されたといえるような事情が無ければ契約は解除できないという考え方が取られております。
もっとも,今はあまり大家さんと入居希望者が直接会って契約をするということは少ないと思いますので,普通は「信頼関係を基礎とする契約」と言われてもピンと来ません・・・。
この点,例えばコンビニでジュースを買う際に,お店側としてはお客さんがお金さえ払ってくれればそれで良いのであり,お客さんが学生だろうが,自営業者だろうが,主婦であろうが別にどうだっていいですよね。
しかし,賃貸借契約の場合は,長期間継続した契約となりますので,大家さんと入居者さん双方にとって「相手がどういう人であるか」というのは関心事であると思いますし,特に大家さんとしては入居者さんがちゃんと家賃を支払ってくれる人(無職の方なのか社会人)なのか,反社会的勢力の人ではないかなどチェックするために入居のための審査なんてものもありますよね。
ということで,法律の考え方としては,お互いに信用できる人だということを前提に賃貸借契約を結ぶことになっており,いったん賃貸借契約を締結した以上は大家さんとしては簡単には一方的に解除することはできず入居者さんの立場を守るために信頼関係が破壊されたと考えられるような状況になったときに限り一方的な解除を認めています。
「信頼関係が破壊された」とは
では,「信頼関係が破壊された」とはどういう場合を指すのでしょうか。この点,「明確にこうやったら破壊したと考えますよ」というものはありません。
ただ,賃料の滞納の場合は,一般的には3か月程度滞納してしまったら信頼関係は破壊されたと考えられる傾向にあります。とはいえ,そういう傾向にあるだけであって,ケースによっては必ずしもそうではありません。では,どうやって判断するかというと,あとは事例を個々に検討していくしかありません・・・。
ということで,過去にあった裁判例をいくつか挙げていきます。近い事情や似た事情のものがあると思いますので,その裁判例を根拠にご検討いただければと良いかと思います。
解除が認められたもの
基本的には,滞納の期間が長ければ長いほど解除が認められやすくなりますが,比較的滞納期間が短かかったり,全額の延滞は無いけど毎月少しずつ延滞しているというケースでも解除が認められたものもあります。
なお,裁判例の引用については,便宜上言い回しなどを修正しており,原文そのままではありませんのでご注意ください。
(1)賃料の一部だけ未払いだったという事案(東京地裁昭和48年8月17日)
毎月の賃料が6500円であるところ,毎月6300円しか支払っておらず(毎月200円足りない),この未払い額が42か月分の8400円も溜まったというケースについて,裁判所は,
「金額こそさしたるものでないにせよ,義務違反として決して軽微なものとはいえない。(中略)根拠がないまま,約定賃料の支払いを長期に亘って履行しない被告(賃借人)の態度は,原告(大家さん)をして被告の背信を強く感じぜしめたであろうと推察される。(中略)被告の債務不履行は本件居室の賃貸借の基礎にある信頼関係を破壊する程度のものであると判断する」
と判示し,毎月の滞納額は少額ですが42か月という期間を考慮して解除を認めました。
(2)過去の滞納を解消した後に,再び1か月滞納したという事案(東京地裁平成15年12月5日)
入居者の方は,過去に何度か滞納をしており,滞納を解消する際に大家さんは「今後賃料の支払いを滞納した場合は,契約通り退去してもらいますよ。」と告げていました。ところが,再び入居者さんが滞納したため解除をしたという事案です。この点,裁判所は,
「原審被告(賃借人)によるそれまでの賃料滞納を4月末日をもって解消し,その後契約に従った賃料を支払うとの申し入れを受け入れる一方で,その後原審被告(賃借人)が賃料を滞納した場合は,契約に則って退室要求をすることとしたことが認められる。しかるに,その後も原審被告(賃借人)は,賃料の支払いを約定の支払期日より1か月程度遅延しているのであり,これは,原審原告(大家さん)との信頼関係を損なうものといえる。」
として,1か月の滞納でも解除を認めました。
(3)4か月滞納している間も交渉していたし,一括で支払えるお金も持っていたという事案(東京地裁平成19年8月24日)
4か月滞納しているが,その滞納期間中に①賃料等の減額の相談をしており,②お金が無い訳ではないので話し合いがまとまれば一括で支払う旨の連絡もしていたという事案について,裁判所は,
「被告会社(賃借人)は,平成18年9月4日ころから賃料の値下げや空調費等の値下げを要求していたが原告(大家さん)はこれを拒絶していたこと,同年12月に被告の従業員とメールがされているが,その中で,原告(大家さん)は,賃料減額及び空調費減額について,未払い分の一括支払いがあった後に相談に応じる旨を回答していたことが認められるのであり,被告会社が未払い分の一括支払いを行っていなかったことは前記のとおりであるから,これらのことを考慮すると①の事情が信頼関係を破壊しない事情とは言えない。②についても,話し合いの前提として原告(大家さん)が一括支払いを要求していたのであるから,仮に被告会社が資力を有していたとしても信頼関係を破壊しない特段の事情があるとは言えない。」
と判示し,解除を認めました。
つまり,4か月遅れている時点で信頼関係は破壊されており,入居者側で「4か月遅れてはいるけど,それでも信頼関係が破壊されていないといえるような特段の事情」があれば契約は解除できないけど,上記事例ではそのような事情は無いとされました。
(4)いったん滞納して,請求されたので支払い,再び滞納して請求されたので一部支払ったという事案(東京地裁平成17年2月25日)
平成16年2月~4月分の支払いをしなかったので督促状を送ったところ支払い,その後も数か月は支払っていましたが平成16年9月分から滞納し,これについては12月に2か月分だけ支払った(恐らく11月,12月分は滞納のままだと思われます)という事案について,裁判所は,
「これに被告(賃借人)の本訴における弁解(賃料等を支払う意思があったにもかかわらず,原告から支払いを催促する電話がなかったため,賃料等を支払う機会が奪われた)を考慮すれば,原告(大家さん)と被告(賃借人)との間に信頼関係を破壊しない特段の事情があるとは認められない」
と判示し,解除を認めました。
最後の支払いが2か月分ではなく,全額支払っているようであれば結論は変わったかもしれませんが,被告は「賃料等を支払う意思があった」と主張しているにもかかわらず2か月分しか支払っていませんので,本当に賃料等を支払う意思があったかどうかは疑問ですね。
(5)4か月滞納している事案(東京地裁平成17年8月30日)
被告(賃借人)は,①今回の解除に至るまで2年間以上遅滞なく賃料の支払を続けてきたこと,②支払を遅滞した賃料はわずか3か月分であり,賃料の2か月分に相当する保証金が預託されていること,③被告は,賃料支払の意思を示していたこと,④原告はあらかじめ文書による支払催告をしていないこと,⑤原告は,正月である平成17年1月3日付けで即時解除と5日以内の明渡しを求めていること,という事案について,裁判所は,
「被告は平成16年8月から賃料の不払を繰り返し,原告の催告に対し支払の意思を示すこともあったものの約した期日までに支払を完了せず賃料の不払を継続したことが明らかであり不払に係る金額も少額とはいえない。」
として,解除を認めました。
3か月分しか滞納していませんが解除を認めていますので,3か月というのはやはり大きな基準になっていると思います。なお,賃借人側の①,④,⑤の主張についてはまったく相手にされていませんので,何ら解除の障害になるものではないと思われます。
解除が認められなかったもの
基本的には,解除が認められるような状況にはなっているのですが,大家さんにも非があるような事情ややむを得ないというような事情があるため,例外的に解除を認めないというケースが多いです。
(1)大家さんが修繕すべき部分を修繕してくれなかったので,その分を差し引いて38か月支払っていたケース(東京地裁平成23年12月15日)
大家さんの負担で修繕すべきところを修繕してくれないので,その分を賃借人が勝手に家賃を差し引いて38か月間支払っていました。この点裁判所は,減額の幅が大きすぎるということは認めた上で,
「控訴人(賃借人)は,入居当初から不具合を主張しており,入居後から4か月以上が経過しても修繕されなかったこと,(中略)その他紛争に至った経緯等本件に関する一切の事情を照らせば,本件における控訴人の賃料不払については背信性がなかったというべきである。」
として解除を認めませんでした。家賃を少なく払っていたことについて,大家さんにも非があると考えているように思います。
(2)滞納解消後の解除(東京地裁平成14年12月20日)
賃借人が最大で7か月,その後は常時4か月分を滞納している状況で,明け渡しを求める書類を送ったところ,一括で滞納分は解消された。その後,1年程度滞納も無く取引が継続していたが,大家さんが過去の滞納を理由に賃貸借契約を解除することができるか,という点について裁判所は,
「債務不履行により解除権が発生した後でも,債権者が解除をする前に,債務者がその債務を履行したときは,一度生じた解除権はこれによって消滅すると解すべきである。そして,このことは,債務の履行があった場合に解除権を消滅させる意思が債権者にあるか否かにかかわりがない。」
として,いったん滞納が解消されたのであれば,解除はできないと判示しました。
1年も取引を継続しておきながら,なぜ突然大家さんが解除を言い出したのかと言うと,大家さんとしては他に売却等をするために,立ち退き料を払ってでも出て行ってほしかったようです。ところが,立ち退き料の折り合いがつかなかったため過去の滞納を引っ張ってきたようですが,すでに滞納は解消されていますので今さら一方的な解除は難しいですね。
(3)裁判上の和解で「1か月でも遅れた時は賃貸借契約は解除となる」旨の和解条項が入っていたのに滞納した場合(最高裁昭和51年12月17日)
すでに明け渡しを求める裁判を行っており,その裁判では,「一度でも支払いが遅れた場合は当然に賃貸借契約は解除となる」という和解を締結し,その後に再び遅れた場合について,最高裁は原則としては,解除になるが,例外的に,
「和解成立に至るまでの経緯を考慮にいれても,いまだ信頼関係が賃借人の賃料の支払遅滞を理由に解除の意思表示を要することなく契約が当然に解除されたものとみなすのを相当とする程度にまで破壊されたとはいえず、したがつて、契約の当然解除の効力を認めることが合理的とはいえないような特別の事情がある場合」
には当然解除とはならないと判示しました。
これだと全然意味がわからないんですが,具体的には,
「賃料の延滞が1か月分であり,和解成立後賃貸人から賃料の受領を拒絶されるまで約2年間の間,1か月分を除いて毎月の賃料を期日に支払っており,延滞したこともなんらかの手違いによるものであって賃借人がその当時これに気づいていなかつた」というような例外的な事情があったようです。
つまり,大家さんに支払いに行ったものの支払いを拒絶され,別の方法で支払ったものの何らかの事情で支払いがされていないというような,賃借人にあまりにもかわいそうというような事情があるため,未だ信頼関係は破壊されたとは言えないと考えているようです。
まとめ
以上の裁判例は,極々一部のものをピックアップしたに過ぎませんが,やはり3~4か月というのが一応の目途であり,過去にも滞納があった場合などは,1~2か月の滞納でも解除できることがあると思われます。また,あまりにも賃借人がかわいそうな事案や大家さんにも非があるような事案に関しては,3~4か月の滞納でも解除ができないことがありますが,そのようなケースは極めて稀なケースであり,少しくらい賃借人にかわいそうな事情や大家さんに非があっても,ほとんどのケースで解除が認められると思われます。