3月 05 2018
差押えが禁止される財産
貸金等の請求をし,相手(債務者)が支払ってくれない場合,最終的には裁判等の法的手続によって支払いを求めることになります。
ただ,それでも支払ってくれない方もいますので,その場合は強制執行の申立てを行い,相手方の財産を差押えてお金に換えて回収することになります。 この強制執行ですが,実は債務者の財産であれば何でも差し押さえて良いという訳ではなく,差押が禁止される財産があります。また,差押えは認めるものの全部の差押えはできないという財産もあります。
今回は,このような差押禁止財産等ついてまとめたいと思います。
動産について
動産とは,ざっくり言えば不動産以外で目に見えるものです。 具体的には,テレビ,冷蔵庫,時計,鞄,自動車,船舶などの物は当然のこと,現金も動産に含まれます。 この動産のうち,生活するのに必要な財産や宗教的,教育的配慮などにより以下のものの差し押さえが禁止されています(民事執行法131条)。
一 債務者等の生活に欠くことができない衣服、農具、家具、台所用具、畳及び建具
→ 具体的にはテレビやベッド,タンス,洋服などです。
ただし,テレビが2台ある場合は,そのうち1台は差押が可能だったり,高価なブランド鞄などは差押えが可能だったりします。
二 債務者等の一月間の生活に必要な食料及び燃料
→お米や野菜といった食良品に加えて,暖房器具用の灯油やガソリンなどです。正直なところ,差押えたところで金銭的な価値はほとんどないと思います。
三 標準的な世帯の二月間の必要生計費を勘案して政令で定める額の金銭
→民事執行施行令第1条により66万円となっているため,66万円を超える現金については差押え可能です。
四 主として自己の労力により農業を営む者の農業に欠くことができない器具、肥料、労役の用に供する家畜及びその飼料並びに次の収穫まで農業を続行するために欠くことができない種子その他これに類する農産物
五 主として自己の労力により漁業を営む者の水産物の採補又は養殖に欠くことができない漁網その他の漁具、えさ及び稚魚その他これに類する水産物
六 技術者、職人、労務者その他の主として自己の知的又は肉体的な労働により職業又は営業に従事する者(前二号に規定する者を除く。)のその業務に欠くことができない器具その他の物(商品を除く。)
→これらは,債務者が仕事をするうえで必要なものであるため,差押が禁止されています。
七 実印その他の印で職業又は生活に欠くことができないもの
八 仏像、位牌その他礼拝又は祭祀に直接供するため欠くことができない物
九 債務者に必要な系譜、日記、商業帳簿及びこれらに類する書類
十 債務者又はその親族が受けた勲章その他の名誉を表章する物
→宗教的配慮や関係者以外の者が持っていても意味がないためです。
十一 債務者等の学校その他の教育施設における学習に必要な書類及び器具
→教育的な配慮です。
十二 発明又は著作に係る物で、まだ公表していないもの
→精神的創作活動を保護するためです。
十三 債務者等に必要な義手、義足その他の身体の補足に供する物
→本人が生活するために必要ですし,第三者が持っていても意味が無いからです。
十四 建物その他の工作物について、災害の防止又は保安のため法令の規定により設備しなければならない消防用の機械又は器具、避難器具その他の備品
→防災設備を外してしまうと危ないからです。
以上から,動産については,実は差し押さえが禁止されているものが多いことから,ほとんどのケースで動産の差押えはできないこととなります。
不動産について
住宅ローンの組む際に自宅を担保として差し入れるように,例え所有している不動産が生活の本拠となる自宅であっても差押えが禁止されることはありません。 恐らく,不動産で差し押さえが禁止されているのは,下記のケースのみだと思われます。
宗教法人法第八十三条
宗教法人の所有に係るその礼拝の用に供する建物及びその敷地で、第七章第二節の定めるところにより礼拝の用に供する建物及びその敷地である旨の登記をしたものは、不動産の先取特権、抵当権又は質権の実行のためにする場合及び破産手続開始の決定があつた場合を除くほか、その登記後に原因を生じた私法上の金銭債権のために差し押さえることができない。
端的に言えば,礼拝堂などの宗教施設は,担保に入れた場合を除いて差押えができないとされています。貸した相手が宗教法人でない限り関係ないということになります。
債権について
恐らく一番多い差押えは債権だと思います。 債権というものは,特定の人が特定の相手方に何らかの行為または不作為を要求する権利であり,差押えのシーンで関係あるのは,お金を支払ってもらえる権利かと思います。
最も分かりやすいのが,金融機関にある預金債権であり,債務者がサラリーマンとして働いていらっしゃる場合には勤務先への給料債権などになります。
債権の場合は,債権の相手方(第三債務者)の行為を求める(預金の差し押さえであれば金融機関から支払ってもらう必要があり,給与であれば債務者の勤務先の総務部などと話をする必要が出てくるケースもあります。)ものであるため,債権があったとしても必ず回収できるものではありませんが,一般的には支払いを拒否する金融機関や勤務先は少ないため,高い確率で支払ってもらえます。
債権のうち,債務者の生活の原資になるものについては,以下のように差押えが禁止されています(民事執行法151条)。
民事執行法151条
次に掲げる債権については、その支払期に受けるべき給付の四分の三に相当する部分(その額が標準的な世帯の必要生計費を勘案して政令で定める額を超えるときは、政令で定める額に相当する部分)は、差し押さえてはならない。
一 債務者が国及び地方公共団体以外の者から生計を維持するために支給を受ける継続的給付に係る債権
二 給料、賃金、俸給、退職年金及び賞与並びにこれらの性質を有する給与に係る債権
→ 1号は保険会社との契約による給付が該当するようですが,なかなか見たことがありません。実質的には2号がほとんどであり,端的にいえば給与ということになります。つまり,給与については,いわゆる手取り金額の25%しか差し押さえてはいけないことになっています。ただし,以下のとおり例外があります。
① 手取給与が33万円を超える場合は,33万円を超える分は全額差押えが可能です。
② 差押えの原因となった債権が生活費や養育費等の場合は,その方の生活も守らなければなりませんので,50%の差押えが可能です。
また,個別の法律によって差し押さえが禁止されている場合があります。すべてを記載することはできませんが,下記のような生活に必要な給付が該当します。
国民年金(国民年金法24条)
厚生年金(厚生年金法41条)
生活保護費(生活保護法58条)
児童手当(児童手当法第15条)
上記の年金や手当等はそれ自体は差し押さえは禁止されますが,いったん支給されて現金や預貯金となった場合は他の現金や預貯金と区別がつかなくなりますので差し押さえが禁止されることはありません。したがって,給与や年金が支払われるであろう日にちを狙って預貯金の差押えの申立てをすることもあります。
なお,裁判所を通すことなく直接差押ができる役所等が,このような差押禁止を回避するために児童手当等を支給した直後に差し押さえるという事件があり,このような差押えは違法であると判示しています。しかし,一般市民である私どもは直接預貯金の差し押さえができるわけではなく,あくまで裁判所に申し立てたうえで裁判所に差し押さえてもらうことになりますので,違法と判断される可能性はかなり低いと思います(どこまで通用するか分かりませんが,明確に預貯金等の原資が年金であると識別できる場合は差し押さえできないとした裁判例があります(東京地裁平成15年5月28日判決)。)。
まとめ
以上のとおり,一番確実なのは,差押禁止になることがほとんどなく,財産的価値も高い不動産を差し押えることができれば回収できる可能性は高くなります(ただし,差押が成功すれば大部分は返ってくるものの裁判所に納める費用がかなり高額です・・・。)。しかし,不動産をお持ちの方はあまり多くなく,実際に回収できるのは預貯金や給与がほとんどだと思います。
このうち,預貯金については,金融機関名及び支店名を特定することができ,差押えた時点で口座に預貯金が入っていれば,基本的には全額回収できます。なお,あくまで差し押さえた時点でのお金が回収できるのであり,その後にその口座に入ってくる預貯金まで差し押さえられるわけではありません。
一方,給与については,勤務先が分かれば差し押さえができますが,基本的には25%しか差し押さえができません。ただし,給与については上記の預貯金と異なり,一度差し押さえが成功すればその後債務者が退職するまでは毎月回収することができますので安定的に回収できることになります。
どの方法が回収可能性が高いかは債務者の事情によるため一概には言えませんが,経験上は,不動産の差押えまで行けばほぼ間違いなく回収可能であり,次に可能性が高いのは給与ではないかと思います。
とはいえ,本当はこのような差し押さえに至ることなく回収できるのが一番良いんですけどね・・・。